石曼荼羅

オブジェ

曼荼羅とは

 曼荼羅の語源の「マンダラ」とはもともとサンスクリット語で”まるいもの”という意味です。巷でささやかれているような「マンダラはサンスクリット語で本質や神髄」というよりも、単にシンボリックリンクな図柄を表現しているようです。曼荼羅は密教で悟りを開く(修行)のために生まれた絵です。いろいろな仏様描かれています。密教とは、大日如来を本尊とする仏教の一流派です。他の特徴は難解のひとこと。言葉ではっきりわかる仏教の教えを「顕教(けんぎょう)」と言いますが、これに対して、言葉だけではわからないものごとの真理、仏への道を説いています。また、修行のような体感を重視していたり、曼荼羅のような絵柄を使って直観的に悟れるのも密教の特徴です。師匠から弟子に口伝や体験で教えヶ受け継がれることが多く、「秘密の仏教」と認識されることもあります。とてもバリエーションに富んでいて神秘的です。

曼荼羅の歴史

 古代インドを起源とする曼荼羅。当時崇められていたバラモン教やヒンドゥー教でも、神や仏の世界を図形やシンボルで描いていました。これが密教にも取り入れられた考えられています。曼荼羅は密教の広がりとともに、アジア圏を中心に伝わっていきます。北はチベットから、南はスリランカまで、その他、東南アジア、中国にも浸透していきます。日本には、奈良時代に密教Girareが、平安時代に曼荼羅が伝えられました。空海が初めて持ち込んだとされています。今では中国により弾圧され大変なチベットの砂で描いた繊細な砂曼荼羅、ジャワのボロブドゥール寺院、カンボジアのアンコールワットなども曼荼羅を立体化したものでとても惹かれます。私自身も1995年から3年がかりで、岡崎市の隨念寺にボロブドゥールのストウーパを基に礼拝堂を手がけました。隨念寺については、他の記事で、書きたいと思います。

両界曼荼羅

 真言密教でよく使われる曼荼羅です。「胎蔵界曼荼羅」(たいぞうかいまんだら)と「金剛界曼荼羅」(こんごうかいまんだら)とを合わせたものを指します。2つの曼荼羅は、ルーツは違うものの、どちらも大日如来をテーマに描かれたものです。そのため、唐の僧によってまとめられ、悟りの世界である胎蔵界と、知恵の世界である金剛界の2つセットで紹介されるようになりました。胎蔵界曼荼羅は「大日経(だいにちきょう)」に基づいて悟りの世界そのものを表現したものです。「胎蔵」は母親の胎内で子供を育てるように、悟りの本質も育ち生まれてくる、と いう意味を持つ言葉です。中央に描かれた赤い蓮の花、そしてその中央に大日如来や菩薩が描かれているのが大きな特徴です。赤い蓮の花は人間の心臓を表しています。どんな人も仏になる素質を秘めており、大日如来の慈悲でその道が開かれることを絵に表したものです。金剛界曼荼羅は経典「金剛頂教(こんごうちょうきょう)」に基づいて、大日如来の智慧や道徳の世界を表現したものです。金剛は最も強い金属、もしくはダイヤモンドを意味しており、大日如来の智慧がダイヤモンドのように堅固で、何ものにも屈しないことを示しています。

石曼荼羅 2008 KON-KIN名古屋市錦通     ストリートギャラリー

石曼荼羅 2006 KON-KIN

 

 

 

 

石曼荼羅 2006

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